| 2005年度 榛南青年会議所 理事長 柳原一清 |
2005年度榛南青年会議所は「自ら燃える人」を基点とし、まちづくり、ひとづくり活動を展開していくと共に、 青年会議所活動を通じ、自らがその人と成るべく行動していきます。
「自ら燃える仲間達へ」
〜 自ら燃える〜
日本経済の復活が本格化する兆しを見せ始めた昨今、一部ではその検証がなされ「ミクロの改革」の成果だと言われています。これまでのマクロ的な経済政策に見切りをつけた日本の経営者達が自らの中に復活の道を見つけ、実行に移したその結果が評価され始めたのです。
この日本経済の先導者達の覚悟ある挑戦を目の当たりにした時に、私は思います。明るい豊かな社会づくりの為に日々邁進する私達青年会議所のメンバーは、そして、また、その多くが企業家としての側面も併せ持つ中で、様々な場面でのリーダー的役割を求められています。その私達が変革の能動者たる青年であるならば、「自ら燃える」先導者達で無ければならないのではないでしょうか。私達が自ら豊かに燃えて、社会を照らす。燃える人材の夢と志による挑戦が困難な問題を克服し、新たな創造を生み、社会を変えていくのです。
〜 志 「原理・原則」は人を動かす〜
私達は折りに触れ「志」と言う言葉を口にします。その内容は様々ですが、それがいかに重要かを私達は理解すると共に、その大切さゆえに決断には迷いが伴うものです。
「動機善なりか、私心なかりしか」。この言葉は、ある経営者が、様々な決断をする際に常に自分に問いかける言葉だそうです。動機とはまさに志であり、それが私心のないものであるかどうかと問うているのです。そして、それを問いかける先は「原理・原則」なのだそうです。
私は、この「原理・原則」は、長い歴史を有する私達日本人の心の中に内在するものであり、決して手の届かないものではないと思います。私達には、様々な場面での「原理・原則」が体内に染み込んでいて、親から子へと受け継がれているのです。そして、それを見極めるためには、多くの人との関係を築き、その中で自ら転がり続け、角を取り、磨いていけば良いのです。「原理・原則」のもと、私心のない志は、常に本質に迫るものであり、それがゆえに、人の心を引き付けます。私達が日々、心の中の「原理・原則」を見極め、それに基づく志を立てたならば、きっと、多くの仲間が共鳴し、行動を共にしてくれることと確信します。
〜 志の集結 「五感」のコミュニケーション〜
日本のIT社会の黎明期に、その浸透と共に「会って話をする」というコミュニケーションがより重要になるということを唱える人がいました。それから現在、ITは社会へ浸透し、実生活で、無くてはならない存在となったものの、危惧された様々な問題が現実のものとして各所に現れているように思います。これは、ITというメールを初めとする新しいツールが、これまでの生活にプラスαをもたらすものとしてコミュニケーションの主役となし得たものの、実は「対話」の時に「五感」から得ていた大量の情報というものを欠落させてしまった結果だと考えます。
前向きに考えれば、このITの教訓はコミュニケーションの重要性を私達に再認識させてくれています。日常の生活、仕事等においてコミュニケーションは大切であり、「人の生きる価値のすべて」と言い切る識者さえいるものです。そこで、私は崩壊しつつあるコミュニケーションを取り戻そうと言うだけでなく、それまで以上のコミュニケーションが必要だということを訴えると共に、私達JAYCEE自身がそれを行っていくべきだと考えます。私達は青年会議所のメンバーであり、そして、その集まりは幸いにも「会議所」と言う体を成しています。お互いに「五感」を研ぎ澄まし「向い合って」話をし、脳と脳を直結させる程のコミュニケーションを行う。そして、それこそが、青年会議所でこそできる青臭い議論であり、私達の志を集結させる最高の術すべなのです。
〜 さあ、次の扉をノックしよう〜
私は尊敬する先輩から「最近の若者は頭が良すぎる」ということを教えていただきました。物事を実行しようとする際に、この「頭の良すぎる若者」は頭の中で様々なシミュレートを行い、そしてひとつの結論に至るのですが、その多くはリスクが山積みと想定されたものとなり、「実行すべきでない」との結論に至りがちだと言うことをこれは諭してくれています。
ビジネスの世界においても、現在の多くの若者は「ビジネスモデル」を崇拝する傾向がありますが、しかし実はそれを現実に創造してきた成功者の多くは「ビジネスモデル」という理屈は後付けであり、実際は夢と理想に燃える強い信念のもと、暗闇の中をあきらめずに挑戦し続けた結果だと断言し、且つ、もし現実に降りかかった様々な困難を事前に想定していたならば、その一歩を踏み出すことを躊躇せざるを得なかったと異口同音に言っています。
志を高く持ち、そして、それを達成しようと努力する、もがく。これは、本来の青年会議所のあり方と同じだと思います。高ければ高い方がそれゆえに問題は山積みされていく。私達はそれに怯むことなく、勇気をもって一歩を踏み出して行くのです。
「ひとのこころに根付くまちづくり」
〜まちが自ら豊かに燃えるために〜
地域行政は今、合併が大流行おおはやりです。数年の準備期間を経て、実際に合併が始まっています。この榛南地域でも、そして私達榛南青年会議所もまた合併活動に邁進した時期がありましたし、今も「榛原・相良」の合併協議会にはメンバーを輩出しています。ただ、この地域の顛末をみて、私達はこれまで気をつけていたはずだったのに、それを忘れ、合併の枠組み論に巻き込まれてしまっていたようです。 当時、さいたま中央青年会議所のメンバーが「ビジョンの重要性」を悔やみながら語ってくれたのに、その戒めを活かす事ができませんでした。
そして、ひとつの区切りがついた今、私達は改めて行動していかなければならないと思い、そしてこの地域はなんなのかを考えました。思うに、私達のかつての榛南4町は、この中で比べれば、且つ、今のモノサシで測れば、優劣があるかのように感じることもあったでしょう。しかしながらそれを、国全体で考えたならば、大きな差でもなく、むしろバランスの取れた町々だったのではないかと思います。そして、なによりも一番大切な「人と人との結びつき」「心と心の結びつき」が存在していたのです。まちづくりにおいて、特にこれからのまちづくりにおいて、これほど重要なものは他にないと考えます。どんなに願っても得がたい、まちづくりにとってかけがえのない存在なのです。ただ、これは目に見えるものではなく、場合によっては気がついた時には失ってしまっている可能性を秘めた物でもあります。だからこそ、私達は「人と人との結びつき」「心と心の結びつき」を地域の人達と共に再認識し、深化、存続させていく使命があるのです。
また、私達はこれまでの活動を通じ、様々な人達と出会い、そして、気づくことができました。この地域(はいなん)にもそれぞれの分野において、気負うことなく、自ら豊かに燃えている人々がいるということを。これからのまちは、そこに住む人達が、それぞれの価値観の中で、尊重し合い、共鳴し合い創造されていくものであり、私達は、その人々とゆっくりと語り合い、認め合い、そしてその中で、結びつきを築く役割を担っていくことができると思います。そして、その結びつき自身がこの地域を形どり、新しい社会を形成していくのです。
翻って、榛南青年会議所の近年のまちづくり運動は、手探りでの格闘の連続だったと思います。この、こころある挑戦は賞賛されるべきものであり、その精神は継承していかなければなりません。そしてそれを踏まえた私達が成すべき事は、この運動が、この地域に、より根付くことを行っていくことだと考えます。「根付く」とは、人に、人の心に、染み込むように浸透することであり、例えば、人の記憶が夏の風を感じたときに思い出すような、例えば、人がこの地域の海と山を見たならばうずくような、そんな状態なんだと思います。その状態を生み出すものは、決して押し付けがましいものではなく、ひたむきに繰り返すこと、継続と言う力を以って、地域の人々の生活の中に溶け込ませていくことだと思います。私は、それを具現化させるべく、私達仲間との「志の集結」を行い、まちづくり運動の「継続性」への挑戦を決意します。
「将来の夢と希望の私達として」
〜ひとが自ら豊かに燃えるために〜
最近の低年齢化する犯罪の原因について、大きく変わった社会環境や荒廃した教育現場等、様々な理由が述べられています。これら一連の説について、ある意味、私自身も同様な考えを持っています。しかし、元来、子供達の成長の過程は「まねび」つまり「学び」の連続であり、何かを常に手本として真似ているのだと思います。それを改めて考えたならば、その責任は「親」、そして私達「大人」にあると共に、「学び」の対象となるのもまた「親」であり、そして「大人」なのです。これまで、もしかしたら私達は気づいていたのに、この問題に目を背けてきたのではないでしょうか。そして、今、私達はそれを自覚し、この課題に取り組む時期にきているのです。
2004年度の「長期政策策定会議」より、一年間の議論の末、「親学」の提言がなされました。これは、これまでの青年会議所の活動とは一線を画す内容であるものの、実は本質をついたものではないかと思います。そして、それをこれからの私達の活動の中心のひとつと据えるべく、2005年度は、この「親学」を私達の課題とし「親学」とは何か、そして「親学」をどう活かせるのかを学び、考えると共に、地域の人たちへこの重要性を訴え、発信していきます。
また、これまで私達は「青少年健全育成」を推進すべく「わんぱく塾」事業を受け継いで来ました。これは、これまでの諸先輩方のご尽力により、多大なる成果を上げてきたと思います。そして、また、私達はこの事業を継続する中で、「何かを子供達に与える」ことから、「何かを自ら気づかせる」ことへとシフトしてきたのではないかと思います。
未来を創るこの地域の子供達には、人の手や意識の入った有限な「デジタル」の体験ではなく、情報が無限で連続性を持った「アナログ」の体験の中から自らの感性で気づくことをして欲しいのです。子供達は、その全てがお膳立てされていなくても、鋭敏なる感性をもって、溢れる「アナログ」の情報の中から、それぞれが、それぞれの感じ方をするに違いないでしょう。この地域の溢れる地域資本の中から感じてもらいたい。そしてなによりも、私達「大人」から、私達も受け継いできた「原理・原則」を、そして、自ら燃える行動形態(プログラム)を伝え受けることによって、ひととしての生き方を感じてもらいたいのです。
私達は、それらが最大限享受できる環境作りを考え提供すると共に、自らが子供達の将来の夢と希望の存在として行動をしていくことで、ひとをつくり、そしてひととして成長できるのです。
「我らの学び舎榛南青年会議所」
青年会議所の活動は「将来の軸づくり」と位置づけられた先輩もいるように、全ての活動が研修として非常に有効なすばらしいものであると考えます。もちろん活動の一つ一つにおいて私達は常に真剣勝負であり、それらは「研修」ではなくまさに「実践」に他なりません。私達が目指す「明るい豊かな社会」の創造は、期間限定的なものではなく、ゆっくりと時間をかけて醸成されていくものであり、場合によっては生涯ずっと携わっていくものだと思います。そうした時に、ここに集った私達は議論し合い、お互いに友情を深め合い、固い絆を築き、共通の思いを抱き、将来の約束を交わし飛び立って行く様にも思います。そして、それぞれの地域で自ら豊かに燃え、また来るべき日にこの地域(はいなん)のため皆が集結するのです。それが「榛南青年会議所」の同志であったならば、その時にはきっと多くを語らずとも理解し合える仲間として行動できるでしょう。二十有余年の間、この仲間を地域に輩出し続けた「榛南青年会議所」は、現役メンバーのみならぬ、OBを含めた大きなまちづくりの人脈を形成し続け、それぞれが「青年会議所時代」に目指した、地域に根付いた、そして着実なまちづくりのためにひとつになることが可能であり、まさにその形が整い、機は熟しつつあるように思います。
2005年度もまた、この大きな流れの中のほんの小さなひとつではありますが、しかし着実な活動を展開して行きます。私達にはそれを達成するための、志を携えた多くの仲間達がいます。その力を最大限に発揮する為に、私達の志を集結し、行動していきたいと思います。1年間、どうぞ、よろしくお願い致します。
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